念願のトマトソースを作る

舞黒一太郎の優雅な電脳日記

   
目次 http://d.hatena.ne.jp/microititaro/20040911



 舞黒一太郎です。

 
 スパゲッテイ料理に欠かせないもの、その一つがトマトソースです。基本のソ
ースが美味しければ、そのバリエーションは無限といってもよいほど考えられま
す。


 ところがこのトマトソース、けっこう難しいのです。トマトという食材は日本
人にとって、サラダの材料という感覚が強く、塩かマヨネーズ、ドレッシングと
いった調味料で食べるだけで、後は料理の赤という色づけと、食卓の演出用とい
う位置付けでした。


 畑で作るとわかるのですが、完熟したものはたしかに甘みが増し、おいしいの
ですが、出荷用には少し色ずき始めたものを出します。したがって店先に並んだ
ものは完熟状態以前のものが並んでいるため、消費者は完熟トマトの味とは違う、
やや酸っぱいトマトを食べておられる場合が多いのです。


 日本のトマトでトマトソースを作るという習慣はないため、輸入品のトマトホ
ールを使ってソースを作ります。トマトホールはトマトを皮むきしたものを水煮
したもので、これに味付けを行いソースを作ります。その味付けに料理人がさま
ざまのテクニックをほどこします。しかしなかなかおいしいトマトソースに出会
うことは出来ませんでした。よく有名な料理人によるトマトソースがレトルトも
しくは缶詰で販売されていますが、値段は高いばかり、味は私にとっていまひと
つです。


 そんなことを繰り返すうち、私はトマトソースは日本人の舌に合っていないソ
ースなのでは、という思いがするようになりました。酸味ばかりが強く、うまみ、
深みがないのです。そこでスパゲテイを頼むときはトマトソース系以外のものを
頼むようになりました。


 その考えが変わったのはイタリアに行ったとき、現地で旅行案内をしていただ
いた美しい日本人女性との出会いからでした。彼女はイタリア留学中、現地の男
性と恋に落ち結婚、そのままイタリアに住み着いているという方です。夢中でス
パゲテイの美味しい食べ方を話しているうちに、当然のことながらトマトソース
の事にもふれてゆきました。


 使用するトマトはもちろん完熟トマト、このトマトの銘柄、出来る畑、地方に
よってもずいぶん味の差がでるため、トマト選びは昔から決まったものを選びま
す。そしてここがポイントなのですが、魚市場に行って大量の魚介類を買ってき
て、これらの内臓を中心としたエキスといっしょに大量のトマトソースを作るの
だそうです。(ソースは冷凍保残されます)したがって各家々ごとにソースの味
はかなり違います。つまりこの魚介類のうまみが、トマトソースにはたっぷりつ
まっているわけなのです。まあ日本流に言いますと「トマト鍋」のスープ部分が
トマトソースということでしょうか。この点が日本では軽視されているポイント
です。


※ここでの話題で盛り上がったのは、古代ベスビオス火山の噴火で失われた古代
都市「ポンペイ」の主要産業の一つに、「魚を原料にした調味料」があったとい
うことでした。魚を原料にした調味料といえば東南アジアで使われている魚醤が
有名ですが、このポンペイの幻の調味料についてはまったく文献が残っておらず、
まさに失われた味です。主要産業にまでになっていたからには当然万人に愛され
ていたからで、なんとか再現したいものです。


 日本に帰った後、その発想をベースにいろいろトマトソースを作ってみました
が、やはり私の腕では舌にあうものは出来ず、いつしか情熱も冷めてゆきました。


 しかし思うところがあって再びこのトマトソースに十何年ぶりに挑戦すること
になりました。「複雑で手の込んだなやり方ではなく、もっといろいろな美味し
いものを、安く、手早く食べたい」という横着かつ欲張りなB級(C級?)グル
メの発想が、日増しに強くなったきたからで、その一環として再びスパゲテイ料
理を思いついたからです。



 調味料の基本は「さ、し、す、せ、そ」と言われています。つまり「砂糖」、
「塩」、「酢」、「醤油」、「味噌」です。トマトソースのメインのトマトには
甘さと酸味があり、イタリアには醤油と味噌はありませんが、醤油の醤、つまり
「ひしお」の部分を魚介類のうまみが担当しています。この条件さえ満たせばあ
とは「塩」かげんということになるわけです。


 問題は「うまみ」をどうするかということと、「塩かげん」ということになり
ますが、はたしてこれだけのことなのでしょうか。多くのプロの人達がうまくい
かなかった理由はなんなのでしょうか。またこれを解決することこそさきにあげ
た、「複雑で手の込んだなやり方ではなくとも、もっといろいろな美味しいもの
を、安く、手早く食べたい」に通じるのではないかという想いが湧いてきました。


 ここで私は発想を変えてみました。味で一番大切なことは自分に合う「うまみ」
なのではないかということです。他人がいかに旨いといおうと、自分がそうじゃ
ないと思ったら、いかなる加工を施そうと、ダメなものはダメなのです。しかも
やっかいなことに、これは各人すべて違うため、商売上ではこの最大公約数的な
ものを最上としますが、自分の味ではありません。それは時には母の味であった
り、幼い頃おいしいと思った郷土の味なのかも知れません。ともあれ基本的には
このベースとなるスープが基になるため、これを作っておくことが前提となり、
それが不可能ならソースずくりはあきらめたほうがよいことになります。


 それさえ作れるのなら、トマトソースならトマトピューレ、カレーならカレー
ピューレという風に味を添加すればよいというものです。もちろんこのピューレ
の味、量が大切ですが、塩も旨みが凝縮し、旨みの甘さを引き出す大事な作用が
ありますので、この「塩加減」が、とても重要なポイントとなります。


 この発想に基いて試行錯誤の結果、実験は成功しました。わかってしまえば「
コロンブスの卵」で、「なんじゃあー」というものでありました。他人に言わせ
れば「こんな安っぽい、たいしたことのない味が貴方の目標だったの?」という
程度のものかもしれません。しかも作成時間わずか5分、でも私は大満足です。
永年の夢の一つがかなったのですから。しかしこんなことで長い時間を使い、ム
ダ足を踏んでいたのかと思うと、自分のアホさ加減に少々あきれています。