話和菊三 聞く地蔵になった男

microititaro2005-03-24

舞黒一太郎の優雅な電脳日記 100話

   
目次 http://d.hatena.ne.jp/microititaro/20040911



 ●話和菊三 聞く地蔵になった男


舞黒一太郎です。


昔のう、招福亭菊三とういう落語家がおったげな。菊三は貧乏農家の伜で、江戸の醤油問屋に丁稚をしていたのじゃが、師匠の招福亭於福がたまたまその問屋に訪れた際、表情変化の面白さを気に入り、内弟子になさりんさったんじゃと。


 しかし菊三、百面相は得意じゃが、肝心の落語話がなかなか覚えられず、いつになっても高座には出られんかった。そんなわけで一門の下働きの役に甘んじておった。


 あるとき師匠の於福について、ご贔屓衆の旦那の酒宴に行った時のことじゃ。師匠が急に気分が悪くなり、師匠は後のことを菊三に託し帰宅したんじゃと。菊三はすっり困り果てたんじゃが、やむなく旦那の席に向かった。


 旦那の前でつたない落語を始めたんじゃが、旦那は面白うないらしく、こっちを見ようともせん。そればかりか手を目にそっと当てているのじゃった。菊三は悲しくなり、思わず涙があふれてきた。「旦那、、、」


 菊三は「旦那、つまらない、つたない芸で申し訳けありません」と言おうとしたのじゃったが、旦那は「お前さん、私の気持ちがわかるのかえ。師匠がいないので白状するが、実は今日の私の気持ちは酒どころではない。」と切り出した。


 聞けば嫁ぎ先で子供が出来ず離縁されてきた娘と、一悶着あったそうなのじゃ。娘がよっぽど不憫で可愛いのじゃろうと菊三は思った。「旦那、娘さんがご不憫なんでしょうね」と相づちを打つと、旦那は堰を切ったように娘の話をはじめだした。その間菊三は得意の百面相を駆使し、せいいっぱい旦那の話を聞いてあげた。


 半時もたってすっかり話し終えた旦那は「菊三さん。わしはあんたにわしの悩みを洗いざらい聞いてもろうて、すっかり気が晴れた。ありがとう。それに比べあんたはしょもない他人の不幸話を聞かされ、さぞご迷惑じゃったじゃろう。しかしこの話、誰にも他言無用じゃ。もし他言するようなことがあるのなら、招福亭とはこれっきりじゃ。」と言う。菊三はあわてて頭を振り、他言無用を約束した。


 招福亭にこの旦那からお座敷がかるたびに、菊三が指名されるようになった。そればかりか他のお座敷からも菊三の指名があいつぐようになった。それはすべて愚痴の聞き役として、口の堅さ、自分の話を心から聞いてくれる菊三の真剣さが評判になったからじゃった。


 師匠の招福亭於福はじめ、一門の者は不思議に思った。「なぜ菊三のような半端者に多くのお座敷がかかるのか」と。そしてついに師匠の於福はその理由を問いつめ、「正直に言わないと破門する」とまで言った。じゃが菊三は招福亭に残るよりも、去ることを選んだ。


 菊三はお座敷を廻っている間、「人は皆、多くの他人に言えない苦しみを抱えており、自分のようなつまらない半端者でも、その話を誠心誠意、一生懸命聞いてあげさえすれば、人は喜んでくれる」ということをはじめて知った。いつしかそれが自分の喜びになっておったのじゃった。


 その後菊三は、死ぬまで金持ち貧乏人は問わず、多くの人の話を聞いて歩いたそうじゃ。その後の一生は、金とは縁がなかったようじゃがが、多くの人に慕われた。やがて世間の人は菊三のことを「話和菊三」と呼ぶようになり、いつしかこの二股土手の途中に「聞く(菊三)地蔵」が作られたそうな。


 「聞く地蔵」には今でも多くの(誰にも言えない苦しさを話したい)人が訪れており、線香の香りが途切れることがないんじゃと。